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芝居で出合った 演出家、俳優の 現場のイイ話。私の本箱、イメージを言葉にする とっておきの方法 。 エッセイ、イラスト、本のコレクションの紹介、その他 私のお気に入り あれこれ 

芝居の稽古場から

体育会の挨拶

   相手と自分の距離 (2)

そう考えて、思い出した。
学生の頃 フィギュアスケートをやっていた。
体育会スケート部だったので
部室は ホッケーやスピードスケートと一緒。

当然 体育会風の 風土がある。
先輩に会えば
「おはようございます!」
と挨拶しなければならない。

まあ、挨拶だから 当たり前と言えば 当たり前。
ところが、これができない新入生が多かった。
見ていると、挨拶したくない訳ではなくて…
ただ声が出ないのだ。

下向いて モソモソっと早口の小声だったり
上目遣いに目を見て 
アゴを ちょこっと突き出したり。
挨拶した「つもり」には なっているようだ。

そこで 無理矢理 先輩が
大きな声を出す稽古をさせる。
不思議なもので、
思い切って声を出してしまえば
あとはどうってこともない。

気がつけば、誰もが
自然に、フツーに挨拶できるようになっていた。
挨拶できなかったことが うそのように…。

こんなふうに
垣根を越えてしまえば
バカバカしいことでも、
なんとなく超えられない垣根を
誰もが持っている。

気がつかないだけで
今も 持っているのかもしれない。

自分の中にある 深層心理に気づくのが
役者の仕事だと思いつつ
さて、次なる垣根に気づくのは いつになるやら…?

芝居の稽古場から

動物になってみる(1)

  猿になったりシロクマになったり

牛

最近テレビのBS放送で
動物ドキュメンタリーを良く見ます。
BBC放送など、
海外の いいものが 沢山あります。

でも、見るというよりは
見ながら ワタシ、 動物になっちゃうんです。

まず、動物と呼吸をあわせてみます。

相手を威嚇したり、怯えたり
様子をうかがったり…

キュッと身体が緊張したりして
生理が自分に移ると
動物の血の巡りや 体温や
心理状態まで見えてくるみたい。

これって「蛇みたいな女」
とか「豚みたいに どてっとしたヤツ」
なんていうのを演じるとき
呼吸や身体から入っていくと
結構うまく行くことがあって

そんなんで やってるうち
案外面白くて 味をしめちゃったもので…。

ハアハア涎をたらして噛合う ライオン
ヒュルヒュルっと忍び寄る 蛇

のんびり「家族の団欒」気分で
番組を楽しんでいる夫は
もう、慣れたもんで
隣で私が 吠えていようが
床を のたうちまわろうが
そんなことは 気にも留めません。

劇団の養成所の時代に
稽古したことはあっても
大の大人が こんなことを
日々、大まじめにやってるんですから
役者ってのは ホント へんな商売です。


芝居の稽古場から

動物になってみる(2)

   犬と噛合う


ハンガン顔
犬を飼うことになったとき
我が家では それっとばかりに
「犬の飼い方」といった入門書を
10冊以上も買い集めた。

そのうち、ノウハウ本だけで飽き足らず
「動物の心理学」とか
「動物の行動学」
といった本も読むようになったが

これが面白かった!
たとえば、
オオカミが羊を襲うことによって
羊の中で、弱いものが やられてしまう。
その結果、羊の強い遺伝子だけが残り
自然世界の中で生き残っていける。
ところが、人間や犬のように
自然淘汰されなくなってしまうと
どんどん 悪い遺伝子が残っていく

なんて話を
ふむふむ なるほど と 読みあさった。

さて 犬の心理をつかむには
ことばでなくて 身体全身から 
エネルギーを発しないと伝わらないようだ。
怒る時は 湯気を立てるように
喜ぶ時は 全身で笑うように
動物と動物の コミニュケーションは
言葉そのものより、
その言葉を発する 身体そのものから はじまる。

これって、役者にとってはとっても大切なこと。
言葉は 身体が発するエネルギーの
一部にしか過ぎないから。

そうか!  そう思って
うちの犬に 言うことを聞かせるためには
子犬のうちが肝心…と
犬語で 低く「うわん!!わんっ!!」と吠えて
命令してみた。

這いつくばって噛合いもやった。
最後は人間が勝たなければ
メンツが立たない。

翌日、頬に傷跡をつくって
仕事場に行った。
「それ、どうしたの?」
って聞かれても、まさか
「犬と噛合いまして…」とは言えない。

まあ、そんなわけで、
ウチの犬は 結構ワタシの言うことは よく聞く。

つまり…身体で 言葉を発することが
大切…ってことが いいたかったわけ。

現代社会に生きてると
ついつい オスマシしてしまうけど
人間だって 動物だからね。


芝居の稽古場から

読心術?! (1)

   人間だって動物

  この前のブログ
  「動物になってみる」の続き。


人間も動物だ!
という目で、討論番組を見ると面白い。

動物番組で、動物の呼吸を真似してみる
…という話をしたけど
同じように 
討論している人を 見ながら 
その 呼吸を自分と同調させてみる。
そうすると、
その人の 深層心理が 見えてくるから アラ不思議。  

犬だって ワンワン吠えながら
尻尾が後ろ足の間に下がっていると
怖がっているっていうのが 
わかっちゃうけど

人間だって 
威勢のいい啖呵切ってても
腰が引けてると 呼吸が変わって
(ああ、肝っ玉が据わってないな)
って、わかっちゃう。

トーク番組の音声を消して
呼吸と身体だけを まねしてみたり
声だけ聞いて
その声の出所を 想像してみたり…

生きている人間を 
肴にして あれこれと心理を探るのは
結構 楽しいもんデス。

あっ…
よく女の人が、
「あのヒト、なんとなく嫌い!」
なんていうのは、
案外 そういうところを 
動物的な勘でみているのかもね。

芝居の稽古場から

読心術?! 【2】

    人間観察は面白い


討論番組を見ていて
(あれ?この女の人、
 話す時に どうして片方の眉が
 ピクッと上に上がるんだろう?)

そう思って 早速真似してみた。

その人と 同じように呼吸をしながら
片方の 眉を ピクピクッ…

そうしたら そのひとの内面が
なんだか 自分のことのように感じられた。

実際の実力以上に
自分を大きく見せようとしている…
そんな 深層心理が…

ひょっとしたら この人自身も
気づいていないのかもしれない。

相手と 呼吸を合わせると
思いもよらないことが 見えてくる。

人間の心理って…面白いなあ。

芝居の稽古場から

公演まで カウントダウンとなると…

 芝居の公演、小屋入りまであと3日。

身体も 精神的にも さあ、最後の調整…
というときになると
とたんに なにか やりたくなる。

稽古前の 短い時間をぬって
昨日は、原宿のラフォーレに
私の好きな チェコの映像作家
ヤン・シュヴァンクマイエル展を見に…。
コラージュ、木版画、水彩、オブジェ、
怪しげな機械、人形…

東欧独特の
アクのある湿った空気
乾いた馬鹿馬鹿しさ
風刺
グロテスクな悪夢の世界。

その奥にある 表現するための 
彼の 濃厚な エネルギーが伝わってきた。

  今日は 渋谷西部で ヨウジ・ヤマモト展
  会場にちりばめられた 様々なメッセージから
  単に思いつきで服をつくるのでなく
  根底に流れる骨太なモノの 大切さを痛感。

  「いいか、布地が教えてくれるから」
  彼の このひとことの 重み。

  私にとっての 布地 とは…?

公演の最終調整のなかで
変に いじくりまわすことでなく
原点に戻ること
表現する根底にある 哲学が問われること
その大切さを 痛いほど感じた。

最後に自分のイマジネーションを刺激してくれる
「何か」を求めて
公演前に、自分の居場所を
もう一度 確認するために…街に出る。


    9月13日〜「シアターX 名作劇場」を目前に


芝居の稽古場から

イメージとは なんぞや

こんな話を聞いたことがある。

警視庁の捜索班に入ったばかりの男が
先輩に質問した。
 「捜査の決めては 何なのですか?』
 「『第六感』だ」
 「ずいぶん 古くさいことを おっしゃるのですね」

すると 先輩はこんなことを話したという。
 第一は 『見る』現場をつぶさに調べる
 第二は 『鑑る』顕微鏡で見るように
      細かな所まで、髪の毛一本まで見逃さない。
 第三は  時系列で見る。
      同じ現場に何度も足を運ぶ。
      昼と夜。時間の経過の中から見えてくる物がある。
 第四は  関係を見る。 
      人と人との関係、人と物との関係を見る。
 第五は  感情を見る。
      そこに、感情的な何かがあるか?


「そこまでやって、
 さて一番大切なのが『第六感』だ。
 六の前に 五つある。
 当てずっぽう ということではない」
と。

イマジネーションを働かせるということは
こういうことなのだろうか
たくさんの 経験、観察の末に
ポッと 頭に沸き起こる 「何か」…

自分のことに置き換えると
俳優の場合は… 
イマジネーションは、
技術や経験の蓄積の頂点にあるのではなく
つまり 三角形の頂点ではなく

そういう蓄積を経て
それとは 全く違う 空間に ポンと飛ぶことだと。

それなら、蓄積なんか 関係ない…
ということとはちがう。
最後のところだけが 感覚的に 違う。

蓄積した上で、それを忘れる…
なんて言っていいのか わからないが
まったく 心を無にして
身体を 空っぽにして
そこに湧いてくる何か。

イマジネーションの世界に
自在に 跳べること

そんな世界を 目指したいと思う。

  ああ、今日はなんだか 難しい話になっちゃった…。
  ゴメンナサイ


DENさん語録

「依存」か…「絆」か…?

     DENさん語録(12)
          来年の顔合わせから

3年ぶりに 藤田傳さんの芝居に出ることになった。
公演は2012年3月末。
今回は 書き下ろしとのこと。
出演者全員が集まって
DENさんから「こんな芝居をつくるぞ」っていう話を聴く。
DENさんの演出は、
まずこういうDENさんの独演会からはじまる。


  次の芝居のテーマは「依存症」
  依存するってのは
  なにも人間だけじゃなくて、
  団体だって、国だって。
  
  「依存症」っていうとカッコ悪いけど
  オブラートに包んで
「絆」っていうと
  とたんに、かっこ良く聞こえる。
  最近よく使われてるけどね。


DENさんの新作
なんだか、面白そうで、ワクワク。
ひさびさの DENさんの独演会は
何時間聴いてても、面白い!
これを聞きたくって、
稽古場を覗きに来る人も多い。
これからまた、この
DENさん語録が にぎやかになりそう…


芝居の稽古場から

公演「大逆の影」

 いよいよ公演をあと一週間後にひかえ、昼夜稽古の日々となりました。

アリストパネスカンパニー 「大逆の影」

今回はベテランの俳優も多く、
見応えのある舞台となりそうです。

明治時代の終わり、天皇を暗殺しようとした大逆事件に巻き込まれ
無実の罪で処刑された
和歌山県新宮市の 医師の家族を中心に
物語は展開します。
実在の人物が たくさん登場します。

この一家、みんな一風変わっていて
西洋料理を取り入れた 怪しげな料理を作る医師。
オートバイを乗り回す甥。
西洋風八角形の屋敷に住む長男。

私は医師の妹で
とびっきりの 変わりモンの女、久仁子を演じます。
明治の終わり、和歌山の片隅で
英語の本を読むインテリの女性。
酒飲みで、酔って絡む場面もあります。

 「私はなあ…出戻りは出戻りでも
  ただの出戻りやないでぇ。
  筋金入りや!」


今回は、新宮弁なので
方言指導もあり、こりゃたいへん!







DENさん語録

ボランティア志願

「大逆の影」の公演と、そのあとの雑用、お正月の朗読会の準備、年賀状書き…
忙しさにかまけて 一ヶ月半もBlogを更新していませんでした。
ひゃ〜ごめんなさい!
これまですくなくとも一週間は空かなかったので
皆さんから、「どうかしましたか?」って言われちゃいました。
…てなわけでぇ
久しぶり更新です。
お正月明けから いよいよ藤田傳さんの新作の稽古もはじまり、 
DENさん語録も かきまくりますよ〜!

         DENさん語録(13)

「あの大震災の後 ボランティアを募集してるってんで 
東京都に電話かけたんだよ。
除染にロボット使うとか なんとか言ってるけど、
やっぱりロボットなんかより 人間の手の方が
細かい作業ができるだろう?
それで俺、真顔で電話したよ。

  『これこれ こういうモンだけど、
   もう79才で 世間様には 散々お世話になったから、
   そのお返しに ボランティアを志願します』


ってね。

  『もう この年だから、
   死んでもかまわない。
   防護服なんかいらない。  
   原発施設の設計図を渡してくれて、
   どのボルトを締めて来いっていわれれば、
   それだけやって戻ってくるから。
   あとから、賠償請求なんかもしないから
   安心してまかせてくれ』


そしたら担当のヤツから断られちゃって

  『もう こういう電話は かけてこないでください』

だってさ。せっかく人がやってやるって 言ってんのに…」




(このページの最後まで読んだら、右下の「次のページ」をクリックしてください。ちいさくて見にくいけど…)








芝居の稽古場から

垂直の音と 水平の音と

   中野の師匠の話

教会の建築を見てもわかるけど
聖堂の中で歌声を聴いていると
音が
天上に吸い込まれていく感じがする。
音が縦に伸びていく。


それに対して 
仏教の経文を朗唱する「声明」なんかは
音が横に広がっていくように、
空間全体を包んでいく。

縦に伸びるか 横に広がるか…。

声楽の発声を聞いていても
東洋と西洋の違いは
縦と横の違いを感じるなあ。





DENさん語録

どっちが進んでる?

     DENさん語録(14)

最近、医学の現場でも
自然治癒力って見直されてきてるんだ。
自然治癒力を どうやって引き出すか
なんて研究を すすめてる。

そこで考えるんだけどさあ
昔…ていうか、南の島なんかで今でもやってるけど
祈祷師が病気を治したりしてるだろう?。
祈祷師に全幅の信頼をよせてれば、
安心してゆだねる事ができれば、
治っちゃったりするんだよ。これが。
考えてみれば、自然治癒力の原点みたいなもんさ。
だけど、半信半疑だと治らない。
結局治すのは 自分の力なんだけど…。

  
祈祷で 自然治癒するのと
  医者からもらった抗生物質やら何やら
  薬付けになって治すのと
  どっちが、進んでるんだろうなあって

  最近、くすり飲みながら
  ふっと思うよ。

DENさん語録

つくりものだから 面白いんだよ

          DENさん語録 (15)

「芝居って言うのは ウソをホントに見せる遊びなんだ。
 つくりものを 見せる あそび。
 本物を そのまま見せたって 面白くも何ともない」


…というわけで、またまた DENさんの
たとえ話が はじまりました。

  玉三郎の手っていうのは ものすごく色っぽいねえ
  あの色気は 玉三郎が 編み出したもんだ。
  女には あの色気は出せない。
  あんな手は 男じゃないと しない。
  男だから できるんだ。

  TVに 砂の芸術家ってのが出てきた。
  リオデジャネイロの コパカバーナの海岸。
  その砂浜につくった 砂の芸術ってのが
  女が裸でうつむきに寝てるとこ。
  お尻がこんもり 盛り上がって
  赤い ほそ〜いTバックのパンティ。
  (なぜかそこだけ赤いんだ)
  これが何とも色っぽい。
  となりに本物のビキニの女も映ってたけど
  それより砂でできてる方が 何故か 色っぽい。

偽物だからできること。
芝居は それを 楽しむんだ。

DENさん語録

文字は読むためにあるんじゃない

   DENさん語録 (16)


 台本の文字はねえ
読むためにあるんじゃないんだ
その裏にある 「なにか」を

拾うためにあるんだ。




DENさん語録

逃げるってのは 究極の快楽なんだ

         DENさん語録(17)
         「終の檻」(ついのおり)稽古場より

  いちど 「逃げる」っていう味を覚えると
  その快楽は 忘れられない。 

  「逃げる」っていう 人間の持つ緊張感
  「追われる」っていう 充足感…。

俺は 台本書いてる時に いつも思う。
何で こんなことで 苦しまなきゃいけないんだって。
だから 書き終えたら 清々する。
ああ、もうやめよう。

だけど、それなのに また書き始める。
締め切りに追われるってのも 快楽なんだなあ。

人間は誰しも
自分を縛る何かから  
逃げようと思う、逃れようと思う。

だけど、それから 自由になって気づくんだ
追われるってことの 縛られるってことの 快楽を。


(このページの最後まで読んだら 右下の「次のページ」をクリックしてね。小さくて見にくいけど)

DENさん語録

なぜ自画像を描くか

   DENさん語録   (18)

「 画家はなんで自画像を描くのかな?」
という質問に DENさんが答えました。

  見慣れている故に
  見落としているものを
  見つけてるんじゃないか?


自分の中で見落としているもの…
自画像を描くのって 怖い作業ですね。
ふつうは そんなの 
見たくないから 見落としてるんだもの。

芝居をやりながら 思います。
常に自画像を書くつもりでないと いけないぞ、と。
自画像を描く行為と言うのは
表現をするものの 宿命なのですね。



  

DENさん語録

バカを薬で治そうと思わないこっちゃ

   DENさん語録 (18)
                        「終の檻」稽古場にて

紋切り型の芝居を繰り返す 若い役者たちに
 「お前ら、ちっともアイディアがないなあ…」
と稽古場で傳さんが嘆きます。

 「アイディアって言うのはなあ
  無から出てくることは ないんだよ。
  新星だって たまたま空を見上げたって みつからない。
  毎日毎日 望遠鏡を見てるから見つかるんだ。
  考え事してるから インスピレーションがよぎる。
  何にも考えてなきゃ よぎらない。」

そこで またまたまたまた
傳さんの 長〜い たとえ話が始まりました。

 昔、映画の台本を書いてて
 「『バカにつける薬はねえのう』
 っていう医者の台詞に 切り返す
 なんかいい言葉はないかなあ…」
 って ずーっと考えてた。
 歩く時も 夜寝る時も。
 なかなか思い浮かばない。
 なんかないかなあ〜。
 そんなとき、トイレの中で ふっと頭をよぎった。

 『あんたもバカを薬で治そうと思わないこっちゃ』

 やった、と思った。
 これ、そーとーいいだろ。

 この台詞を 丹波哲郎が気に入ってくれたんだよ。
 「傳さん、この台詞、いいね〜」って。
 
 丹波さんはそのとき 毛皮のコートを着ててさ、
 「そのコートいいですね」
 って褒めたら
 「そうかい、一昨日60万で買っちゃったんだ」
 って言うんだ。そして
 「あと3回褒めなよ」
 っていうから
 傳「いいですね」
 丹「あと2回!」
 傳「とっても いいですねぇ」
 丹「もう1回!」
 傳「すごく いいですね」
 丹「ちょっと着てみなよ。…ぴったりだ。やるよ、それ」

 トイレでうなって出てきた台詞が
 60万の毛皮のコートになっちゃった。

 なあ、わかるだろ
 アイディアって言うのは、
 ずーっと考えてて、はじめて出てくるんだよ。

(傳さん、たとえが面白すぎて、何の話だったのか
 忘れちゃいますよ。)





 

 



DENさん語録

つくりものだから 面白いんだよ(2)

   DENさん語録(19)
      「終の檻」の稽古場から


 芝居でホントのことなんかやったって面白くない
  嘘をホントみたいに 大まじめにやるから面白いんだ。」

 「役者は3日やったらやめられないって言うけど
  嘘をやるのって おもしれーぜー。
  お前ら、ホントなんかやろうとするから 面白くないんだ。
  そんなんじゃ、今すぐにでも 役者やめられるよ。」

 「例えばさ、勝新太郎の『座頭市』見てて
  あんな、按摩はいないって思うよ。
  実際、目が見えないとしたって 
  あんな風に、首曲げたり、杖で探ったりしないよ。
  でも、あれが いいんだ。
  あれで世界中がオオッと思った。
  あれが勝新太郎が考えた「型」なんだ

  そいういうの、考えついたら
  おもしれーぜー。
  そういうのが、遊びなんだよ」


 

 
  


芝居の稽古場から

ばかじゃなきゃ

役者ってさ
バカじゃ できないけど
バカじゃなきゃ できないって思うんだ。

すみません、今酔っぱらってるもんで
放送禁止用語 てんこもりです。


DENさん語録

お芝居するなよ

    DENさん語録 (20)
      「終の檻」の稽古場にて


「お芝居するなよ」

と、言われて キョトンとしてる若い人に
傳さんが こんなことを言いました。

「電話のシーンなんかでよく
相手が電話を切ったあとに
ふっと 受話器を見つめたりするヤツがいるだろ
ああいうのが いやなんだよ。
いかにも、何か心に思ってますって感じで。
さっさと、電話切れよ!

それから 番号なんかを言う前に
思い出そうとしてますって 
わざわざ 間をあけたりするヤツ。
こういうのって やだね〜」

それを聞いててドキッ…。

ドラマの中で 電話が切られたあと
「モシモシ、モシモシ!」って
切られた電話に話しかけてるのを見て
(切られてるのに 話しかけたって無駄なのに)
って 私も笑ってたけど
いざ 演じる時になると、
案外やりそうな気がします。

ああ、いつの間にか 垢のようにしみ込んでる
説明芝居
クワバラ クワバラ…


プロフィール

はんがん

Author:はんがん
河崎早春(かわさき さはる)
俳優、朗読家。

舞台の案内、これまでの舞台、仕事歴は
公式HP 「ことばの国」

朗読、語りの様子はYouTube
「ちりぢごく」「瘤取り」ほか

YouTube Facebookにて「本に囲まれて」
本に関する情報を発信中。

プライベートな 趣味の世界は Facebook

なお、武者小路実篤記念館のHPで
詩の朗読の映像も見られます。
→ 「詩の世界」

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