芝居で出合った 演出家、俳優の 現場のイイ話。私の本箱、イメージを言葉にする とっておきの方法 。 エッセイ、イラスト、本のコレクションの紹介、その他 私のお気に入り あれこれ 

スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

本に囲まれて

関口良雄「昔日の客」

多くの文学者たちに愛された、東京大森の古本屋「山王書房」。

昭和の大森の匂い、作家との交流、本への溢れる想い…

これは、心優しく、そして頑固な、古本屋店主の遺稿集です。

ユーモア溢れる名随筆。

「いい古本の匂いだ。…落ち葉の匂いと古本の匂いとは相かようものがあると思う…」 


IMG_6544_convert_20161203112032.jpg 

 本の蒐集家にとって、好きな本との出会いは、手が震えるようであり、夢にまで見るような本もある。

 本好きで、学生時代から古本屋に入り浸り、「古書通信」などにも時々、駄文を書いていた父の部屋には、古本の匂いが満ちていた。子供の頃から、本の匂いに囲まれ、書庫の本を眺めるのが好きだった私も、気づくと本を買い集めるようになっていた。

 父のところに古本屋さんの店主がふらりと訪れることもしばしばあったが、そのおひとりが、本好きの間では知る人ぞ知る、東京大森にある古書店「山王書房」の関口良雄さんだった。私は幼かったので「お酒の好きだった古本屋さんのおじちゃん」という印象しか残っていない。お店の方も、父の友人の画家、仲田良江さんと、そのご主人の仲田定之助さん(「明治商売往来」でエッセイスト賞受賞)の家に私もついて行って、その近所にある「山王書房」に立ち寄ったということを、うっすらと覚えているだけだ。

 この「昔日の客」の本は父の本棚にずっと入っていたが、私は知らなかった。先日、関口さんの未亡人、洋子さんが「復刻版が出ましたので、ぜひ」とお持ち下さって、改めて読ませていただいたところ、すっかり夢中になってしまった。

 

 この本は、関口さんが還暦を記念して随筆集を出そうと纏めはじめたものの病に伏して他界し、ご子息の直人さんがあとを引き継いで出版されたものだ。ところが、この本がなかなか手に入らなくなり、高額で取引されているということを知って、三十三回忌の記念に、復刻版が出されたというわけだ。

 後日、亡父の書棚を見ていたら初版も出てきたので、嬉しいことにこの二冊を手元に置くことになった。

 

IMG_6551_convert_20161203112412.jpg IMG_6550_convert_20161203112538.jpg 
 

 初版の方は三茶書房から出ていて、焦茶色の布張りで、表紙の右下には金色の銀杏の葉がさりげなく型押しされ、その上に金箔がのっている。函の背表紙にも銀杏の模様。これは、関口さんの俳号「銀杏子」にちなんだものだ。

 まずこの本の佇まいが、すてきだ。なんでもなくて洒落ている。ページを開くと風情のある中表紙、そしてページをめくると、なんと版画家の山高登さんの「銀杏子の散歩道」という版画(本物)があって、1冊ずつ山高さんの直筆のサインが入っている。本文は、なんの変哲も無いと侮るなかれ。選ばれた文字もレイアウトも、とても読みやすくて、気づかないような工夫が凝らされているのが伝わって来る。

IMG_6532_convert_20161203112849.jpgIMG_6533_convert_20161203112921.jpg

 夏葉社から出た復刻版の方は、美しい草色の布張りで、函はない。銀杏のワンポイントは背表紙のところだけにひとつ。その代わり「山王書房」の店先が山高登さんの小さな版画になっていて、裏表紙に小さく貼られている。ページを開くと本物に劣らないくらいきれいな印刷で、「銀杏子の散歩道」の版画も入っている。

IMG_6549_convert_20161203113621.jpgIMG_6545_convert_20161203113659.jpg

 二冊の本を並べてつくづく、本好きの方が作った本だなあ…とため息が出た。
関口さんの本文の中で、こう書かれているも

「古い本には、作者の命と共に、その本の生まれた時代の感情といったものがこもっているように思われる。

 大正生まれの私は、大正時代に出た本に最も心が惹かれるのである。大正の本は概して地味である。(中略)色も艶も無い装丁で粗末なハトロン張りの函に入っていたりする本が多い。しかし、これらの本は、見かけは無骨でも、造本はガッチリ出来ている。素朴といえば余りに素朴であるが、私はその素朴さの中に大正という時代の風潮を見るのである。」(「古本」より)

 

 山王書房の近くに下宿していた本好きの青年がいた。「ブルデルの彫刻集」という本が欲しかったが、部屋代と旅費を考えると、千円しか余裕がない。本は千五百円。事情を聞いた関口さんは千円で売ることにした。

 年月を経て、ある日その青年から電話がかかってきた。関口さんはすぐには思い出せなかったが、名前を聞いてそれが芥川賞を受賞した野呂邦暢だとわかった。授賞式にはぜひ出席して欲しいという。

 読者は、この本のタイトル「昔日の客」は、野呂さんから関口さんに渡された本の見返しにあった言葉だったと、この最後のエピソードで気がつく。なんとも洒落たひとこと…。

「昔日の客より感謝をもって」

 

 この本の中には、その昔日の客である、本の収集家や作家や、たくさんの人が登場する。その人たちを見つめる関口さんの目のあたたかさ、そしてさりげないユーモア。品のある文章から、そのお人柄が漂ってくる。このなかでどの話が面白いか、心に残ったかと考えると、とても難しい。どの話もみんな魅力的で捨て難いからである。

 話好きだった関口さんは、お話もとても面白く、本を買うというより その話を聞きに来るお客様が多かったと、直人さんはおっしゃっているが、まさにこの随筆集にはその話術がそのまま詰まっていて、どのエピソードも短編小説の一コマを読んでいるようなのだ。

 冒頭の「正宗白鳥訪問記」からして、その奥様と関口さんの会話、白鳥との会話がとてもおかしい。馬鹿笑いばかりの昨今、心のなかでクスッとする上質の笑いが、乾いた心を潤してくれる。心から作家を尊敬し、よく理解している関口さんならではの随筆なのだ。

 尾崎士郎についてのエピソードはたくさんある。関口さんがはじめて尾崎士郎の家に行ったときの話だ。どんどん進められるままに、ビールを飲んだ関口さんは、したたか酔ってしまい、先生の前で唄って踊り、家に帰る頃にはそのことをすっかり忘れてしまった。尾崎先生の前で失礼な、と家人に叱られた翌日、尾崎先生を紹介してくれたお客さんが先生からの言伝を持ってやってくる。

「昨日来た古本屋の関口は面白い男だ。俺のところへ来て、しょっぱなから唄って踊ったやつは関口だけだ。これからちょいちょい遊びに来るように伝えてくれ」

 このほか、お酒を飲んで「しまった!」という話のなんと多い事…。

 

 今年7000冊の蔵書を処分した私にとって、大切にしていた本を売るときの、客たちのエピソードは読んでいて他人事ではなかった。一度売った本を買い戻し、その裏表紙に

「なぜ私はこの本を売ったのだろう。キリストを大衆の前に売り付けたユダの心にも勝って醜いことだと私は思った。(後略)」

と書き込んだ人の想い。一冊の古本には、たくさんの人の想いが詰まっている。

 

 本好きが昂じた関口さんは、なんと敬愛している二人の作家の「全著書」を写真版に収め、「上林暁文学書目」「尾崎一雄文学書目」という、二冊の文学書目を自ら作ってしまった。これは、とんでもなく大変な作業である。かかる費用だって半端ではない。特別な布などで装丁された異装本は、秘蔵されていて門外不出のためになかなか手に入らない。戦災で消失したり、探すのに十年もかかった本もある。

 そんな関口さんのことをご子息の直人さんは誇らしく思うと言って、後書きで次のような父の言葉を引用している。

「古本屋というのは、確かに古本というものの売買を生業としているんですが、私は常々こう思っているんです。古本屋という職業は、一冊の本に込められた作家、詩人の魂を扱う仕事なんだって。ですから私が敬愛する作家の本達は、たとえ何年も売れなかろうが、棚にいつまでも置いておきたいと思うんですよ」


IMG_6534_convert_20161203114148.jpg 

「昔日の客」を読んでいると、

自分の持っている本たちが、限りなく愛おしく思えてくる。

どうしても処分することのできなかった、手元に残った本たち

その中にこの本も加えて、大切にしていきたいと思う。

 

実は、2017年1月21日、千代田区立内幸町ホールでこの「昔日の客」から抜粋して朗読する事にした。

http://www.saharu-k.com/korekara/korekara.html

未亡人の関口洋子さん、ご子息の直人さんもいらしてくださるとのこと。関口さんに関するいろいろなお話も伺えそうだ。

 なお12月4日、朝日新聞の「折々のことば」でこの「昔日の客」がとりあげられた。





関連記事
コメント:
トラックバック:
トラックバック URL
コメント:フォーム













管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

はんがん

Author:はんがん
河崎早春(かわさき さはる)
俳優、朗読家。NPO日本朗読文化協会講師。

舞台の案内、これまでの舞台、仕事歴は
公式HP 「ことばの国」

朗読、語りの様子はYouTube
「ちりぢごく」「瘤取り」ほか


プライベートな 趣味の世界は Facebook

なお、武者小路実篤記念館のHPで
詩の朗読の映像も見られます。
→ 「詩の世界」

最新コメント
ようこそ
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。