芝居で出合った 演出家、俳優の 現場のイイ話。私の本箱、イメージを言葉にする とっておきの方法 。 エッセイ、イラスト、本のコレクションの紹介、その他 私のお気に入り あれこれ 

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本に囲まれて

タイムトラベラー 2038年

タイムトラベルの為の旅行ガイドブック。
2038年、時間旅行は一般的なものとなっている…ということを前提にして
旅行の手引きが事細かに記されています。

「1889年のパリの洒落たレストランは?
シカゴ大火災を見晴らす為の格好の場所は?
本書は2038年に初版が発行された、初めてのタイムトラベル用ガイドブックで、以来50年にわたり皆様のご好評を賜り、版を重ねて参りました。公式タイムトラベル用ガイドブックとしてアメリカ連邦タイムトラベル委員会(FTTC)の許可もいただいております。(後略)」
…表紙裏のコメントより。



最初はタイムマシンの予備知識から始まって、だんだん実用書っぽくなってまいります。



「家族でどこに行こうかしら?」
「両親の結婚式に出たいんだけど」
そんな軽いノリですが、微に入り細を穿って、その行き届いていること。
過去から持ち帰れる品物のリスト。
おすすめのコース。
タイムトラベルに関する法律や規制。服装、公衆衛生、旅の体験談、現地での交通手段、服装やメーキャップの注意、旅行代理店、パックツアー、
タイムマシンの種類、ライセンスの取得方法、宿の手配、事故やトラブル、子ども連れの旅、参考資料…等々。本には2038年の広告まで載っています。



こうなると完全に旅のガイドブック。明日にでもタイムマシンに乗れそうなほどリアル。

読んでいると、タイムマシンが現実のもののような錯覚さえしてきます。
相対性理論から歴史の話まで、
著者達が完全にタイムトラベルができると思い込んで書いているので、
その熱気まで伝わってくる、奇書です。



旅の服装の注意も書かれていますが
ここには鎧の着用に関する注意。
金属製なのでオーダーメイドでないと駄目だとか、
汗疹やかぶれを防ぐ方法、
トイレを済ませておくこととか、
春秋のシーズンしか向かないとか…



おすすめのコースも載っています。
午前中はどこをまわるとか
どこから何を見学するとか
食事はどこでとるとか
こうなると、まるで普通の旅行書見たい。



最後に載っているのは、タイムトラベル関連組織・団体
旅行に関して困った問題が起こった場合に、助けになってくれる組織や団体のリスト。ツアーの団体からはじまり、タイムトラベル中毒患者と家族を救済する為の団体とか…まあ、よく考えたこと!

この酔狂の世界にすっかり取り込まれて、ついに最後まで 舐めるように読んでしまいました。

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本に囲まれて

モダン用語辞典(昭和5年)



昭和5年の「モダン用語辞典」
つまり、今のカタカナ語辞典みたいなものですが、流行語も入っています。
今読むと、ちっともモダンじゃないので可笑しい!
モダン用語」というのは、カタカナに限ったものではありません。

感情移入、共同戦線、結婚記念日、啓蒙、試験地獄、搾取、さぼる、サンドウィッチ•マン、スキー、デカダンス…等々。

なるほど…こんな言葉も昭和初期に一般的になったり流行ったりしたのですね。
一寸覗いてみませう。

さくら
「古い言葉であるが最近また使われて来た。
客に化けた仲間のことである。
相棒が客のふりをして大道の五目並べに勝って見たり、
レビューのダンサーに『よう××ちゃん』と怒鳴る連中である。
プロ演劇の演出にはさくらを殊更に利用したと云ふものがある。」

ふう〜ん、さくらってこの頃使われ出したんだ…。
それにしても、事例が「大道の五目並べ」「レビュー」とは楽しいこと。

家庭争議
「夫婦喧嘩のことをモダンに❗️云った言葉。
『夕べあんなに晩くては、家庭争議が起ったろう』
『起ったのなんのって』と云ふ様に用いられる。
夫婦喧嘩と云ふよりも、一寸人聞がよいかも知れない」
(そうですかねぇ?)

つんしゃん
「つんは三味線、しゃんは美人、即ち美人芸者のこと」

マイクロフォン
「拡音器。ラヂオで聴取者の耳に聞える演奏は、
みなこの恐るべき近代科学のエッセンスめいた器械の前でなされるのである」
(これほど驚きを持って迎えられたのですね。
それにしても、機械じゃなくて器械なのね。)

モガ•モボ•モジ•モマ
「各々モダン•ガール、モダン•ボーイ、モダン•ヂヂイ、モダン•マダムの略。後の二者は、前二者と同様 現代的な不良老年、不良夫人の意である。」

ああ、面白いのがまだまだあって、書ききれない!
明治や大正時代のこういう辞典も見て見たいこと。



本に囲まれて

佐藤春夫の「車塵集」



佐藤春夫の訳詩集。
訳詩集といえば、井伏鱒二の「厄よけ詩集」を思い出します。



中国の六朝から清代に至る歴代の女流詩人の詩48篇。
なんとも美しい装丁にため息が出ます。



ちょっとギザギザした紙の裁断、
美しい活版印刷の文字。
ページをめくる手の感触…
眺めているだけでゾクゾクしてくる本です。
「父の書棚の中から見つけました。

本に囲まれて

Rebecca Dautremerのシラノ



以前、フランスのロマネスク建築を訪ねて、
レンタカーで旅した時のこと。
ある美術館に置いてあった葉書の絵に、
眼が釘付けになりました。
作者の名前をメモして、早速大きな書店に向かい、
手に入れた二冊の絵本
大切に抱えて持ち帰り、
私の宝物になりました。
 Cyranoは、有名なシラノ•ド・ベルジュラックの話。
古い中国の匂いが、不思議な雰囲気を漂わせています。
独特な色調と、繊細なタッチ。
私にとってなんだか媚薬のような本です。
(中の絵の一部は、Facebook「本に囲まれて」で見られます)
もう一冊 Princessesまたの機会に!

本に囲まれて

はじめに

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いつの間にか本で溢れてしまった我が家。父の蔵書からはじまったコレクションは、処分しないともう、どうにもならない。
でも、本への想い断ち難く…。
一冊ずつ、思い出のエピソードと共にご紹介して行くことにしました。
面白い本、貴重な本、独断と偏見のチョイスで載せていきます。
この中から、何冊の本が生涯を共にできるでしょうか。
これは、私の心を通り過ぎた本へのレクイエムでもあります。
Facebookにて「本に囲まれて」というページをつくりました。
見られない方の為に、このBlogにもその一部をのせます。
Facebookの方が細かくフォローでき、もっとまめに更新していますので、見られる方は「いいね」ボタンを押して、購読してくださいね。

そのほか

嵐子さん語録 6

   長岡での嵐子さん

引退して長岡にいらっしゃった藤沢嵐子さん。どうしていらっしゃるかと、たまたま新潟に仕事で行った時に、駅から電話をしてみました。
「あら、あなた近くに居るのぉ。それなら今からいらっしゃいよ」
「でも、遅いですから今回はお声だけで、また改めて…」
「そうォ?遅ければ泊まっていってもいいのよ。また訪ねていらっしゃいね」
ということで嵐子さんの言葉にあまえて、
次は仕事の帰りに、ご自宅におじゃましたのです。
女の方の部屋には珍しく、飾る物が何もなく実にさっぱりとしていて、これも嵐子さんらしいなと思いました。質素な部屋には、読みかけの本が並んでいます。
原書を手に取って
「最近は、南米の小説ばっかり読んでるの。独特の世界があって、あなた、面白いのよ。」
とはいっても、南米の文学といえばガルシア•マルケスの「百年の孤独」ぐらいしか思いつかない私でした。
「引退しちゃってからは、不思議なくらいタンゴは聴かなくなったわ。クラシックは聴いてるけど。」
やめるとなると、本当に潔いというか、キッパリと全てを手放してしまうのが嵐子さん流。
「昔の懐かしいところを訪ねたいとか、そういうことも思ったことがないの。きっと私って、そういう感覚なんかが欠如しているのよ。」
そして、友人に連れて行ってもらった蛍の乱舞する川に行ったことを、夢中になって話してくださいました。誰にも知られていないその場所は、それこそ信じられない程の蛍が飛び交っていて、思い出しても現実の景色とは思えないほどだったことなど。それがどこだったのか忘れてしまいましたが、私もその幻想的な風景の中に入り込んでしまい、すっかり話に引き込まれて聴いていました。
 嵐子さんの話は、その卓越した歌の表現力と同じように、人を魅了します。決して言葉は飾らないけれど、目を輝かせて語る話を聞いていると、その場に居るような気にさせられます。
 舞台ではあまり喋らない嵐子さんですが、好きなことの話になると、いつも堰を切ったように話が止まらなくなりました。
 
 東京を離れるとき、狸穴のマンションで
「何故、長岡にいらっしゃるのですか?ご親戚でもいらっしゃるのですか?」
と伺ったら
「たまたま長岡に行くことがあって、あ、ここなら住んでもいいな、と思ったのよ。」
とのこと。本当に、たったそれだけで、縁もゆかりもない土地に単身で暮らすと言う思い切りの良さは、一体どこから来るのでしょう。
もしかしたら、東京のマンションも、盛り場も、友人も、全てに過去の思い出がしみ込んでいて、それと決別して心機一転と思われたのでしょうか。
 とは言っても、機関銃のように次から次へと話をされる嵐子さんは、決してそれは私へのサービス精神だけではなくて、どこか寂しさもあったように感じました。

「あら、もう帰っちゃうの?またゆっくりいらっしゃい。
いいお店もあるんだから一緒に行きましょうよ」
その後、もういちどお訪ねして、近所のお寿司屋さんでごちそうになり…私が長岡で嵐子さんにお目にかかったのは、その後は一度だけでした。
 長岡にいらしてからは、あまり人に会いたがらなかったということを、あとになって聞きましたが、考えてみれば私は、タンゴの世界の人間というよりは、お客様との間の橋渡し役、そんな立場だったからこそ、気楽にお会いいただけたのかもしれません。
 

そのほか

嵐子さん語録 5

    歌詞のこと


初めて藤沢嵐子さんの司会をしたのは、嵐子さんかタンゴ界から10年ほど退いていらして、その後に活動を再開された頃でした。ですから、私は若い頃の嵐子さんを存じ上げていません。
昔は美しい高音だったと伺っていますが、初めて聴いた嵐子さんの歌は、伸びやかな中低音の深みのあるお声でした。若い頃の歌声を録音したものを聞く機会もありましたが、私は舞台にカムバックされた後の、人生経験を経たお声の方がもっと好きです。
ステージでは、殆どスペイン語で歌われるため、私が歌詞をご紹介していました。
翻訳された日本語の詩を読むより、嵐子さんから直接、詩の意味を伺うのは素敵な仕事でした。

「あのね、修道院の入り口に一台のバンドネオンがころがっていたの。蛇腹はボロボロで穴だらけだし、鍵盤は抜け落ちてるし、塗りは剥げ落ちてるし。まるで捨て子みたいに、置き去りになっていた。
俺もこいつと同じように、人生から捨てられたんだ。そう思ったらたまらなくなってねぇ、そおっと、そう、こうやって、赤ん坊を抱きかかえるように、大切に自分の部屋に持ち帰ったの。社会から捨てられた、まるで自分自身のような気がしたねのね。
そして、凍えた胸で赤ん坊をあやすように そっと弾いてみた。俺もまた恋人に捨てられて、歌えなくなって、貧しい部屋にひとりぼっち。そんな俺を慰めようと、お前も声を出そうとするが、聞こえてきたのは、穴の空いた蛇腹からヒューヒューと哀しげに、ただ空気が漏れる音だけ。しわがれた痛ましい音だけだったの。」

そんな風な感じで、身振り手振りを加えながら、バンドネオン•アラバレロ(場末のバンドネオン)
の歌詞を語ってくださいました。

嵐子さんの歌詞の説明は、情景が目の前に見えてきて、ある時は酒場のカウンターに腰掛けてベロンベロンに酔っ払った男になり、また、どんどん身を持ち崩して行く女になり…。
嵐子さんの話をそのまま舞台でお客様にお聞かせしたかったほどです。
まさに、ドラマの一コマでした。
歌の前の歌詞紹介…それは、私が舞台に登場して、私の言葉で歌詞を説明する時もあれば、ギターの前奏をバックに詩を朗読する声だけ流れ、そのまま歌に入って行く時もありました。
詩の朗読の場合、アナウンサーのように平板に読んでも、また勝手に感情をいれすぎても、その後の歌のイメージを壊してしまいます。
あの、嵐子さんが説明してくださった口調が、私の頭からは 離れませんでした。そこで、もしも嵐子さんだったらどう話すかしら?そう思いながら、嵐子さんの口調を真似るのではなく、嵐子さん自身の代わりに私が語ろう…そう思って、朗読したり語ったりすることにしました。
いつかまた、あの時のようにタンゴの登場人物になって、その世界を語って見たいと思う時があります。もっともっと貪欲に、あれもこれもとおねだりして、嵐子さんに沢山の歌詞を語っていただけば良かった。…そう思っても時すでに遅く…もう教えていただくことができなくなってしまったのが、何とも心残りです。
プロフィール

はんがん

Author:はんがん
河崎早春(かわさき さはる)
俳優、朗読家。NPO日本朗読文化協会講師。

舞台の案内、これまでの舞台、仕事歴は
公式HP 「ことばの国」

朗読、語りの様子はYouTube
「ちりぢごく」「瘤取り」ほか


プライベートな 趣味の世界は Facebook

なお、武者小路実篤記念館のHPで
詩の朗読の映像も見られます。
→ 「詩の世界」

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