芝居で出合った 演出家、俳優の 現場のイイ話。私の本箱、イメージを言葉にする とっておきの方法 。 エッセイ、イラスト、本のコレクションの紹介、その他 私のお気に入り あれこれ 

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イラスト

1998年 年賀状



1998年 年賀状A

お気に入りの 手漉きの赤い和紙がなくなって
赤枠の和紙を見つけました
上のを使ったけど
下の 没になったのも 一緒に…

1998年 年賀状B


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イラスト

1997年 年賀状

1997年 年賀状


この年は、いつものシリーズが 
だんだん 思いつかなくなって
牛・牛・牛…   と考えているうちに
久々に ペンで漫画を描くことにしました。

因に、小学生のとき
将来の夢は「漫画家」でしたぁ。

イラスト

1996年 年賀状

1996年 年賀状

子年なので野生のネズミを描きました。

芝居の稽古場から

動物になってみる(2)

   犬と噛合う


ハンガン顔
犬を飼うことになったとき
我が家では それっとばかりに
「犬の飼い方」といった入門書を
10冊以上も買い集めた。

そのうち、ノウハウ本だけで飽き足らず
「動物の心理学」とか
「動物の行動学」
といった本も読むようになったが

これが面白かった!
たとえば、
オオカミが羊を襲うことによって
羊の中で、弱いものが やられてしまう。
その結果、羊の強い遺伝子だけが残り
自然世界の中で生き残っていける。
ところが、人間や犬のように
自然淘汰されなくなってしまうと
どんどん 悪い遺伝子が残っていく

なんて話を
ふむふむ なるほど と 読みあさった。

さて 犬の心理をつかむには
ことばでなくて 身体全身から 
エネルギーを発しないと伝わらないようだ。
怒る時は 湯気を立てるように
喜ぶ時は 全身で笑うように
動物と動物の コミニュケーションは
言葉そのものより、
その言葉を発する 身体そのものから はじまる。

これって、役者にとってはとっても大切なこと。
言葉は 身体が発するエネルギーの
一部にしか過ぎないから。

そうか!  そう思って
うちの犬に 言うことを聞かせるためには
子犬のうちが肝心…と
犬語で 低く「うわん!!わんっ!!」と吠えて
命令してみた。

這いつくばって噛合いもやった。
最後は人間が勝たなければ
メンツが立たない。

翌日、頬に傷跡をつくって
仕事場に行った。
「それ、どうしたの?」
って聞かれても、まさか
「犬と噛合いまして…」とは言えない。

まあ、そんなわけで、
ウチの犬は 結構ワタシの言うことは よく聞く。

つまり…身体で 言葉を発することが
大切…ってことが いいたかったわけ。

現代社会に生きてると
ついつい オスマシしてしまうけど
人間だって 動物だからね。


イラスト

1995年 年賀状

1995

実は、年々 年賀状の枚数が増えて
もう、版画では無理…
ということになりまして
この年から
版画の下絵を 和紙に印刷してもらいました
ほとんど、雰囲気は変わらず…
あの苦労は…なんだったのか?

 追記 突然「早春さん、年賀状の印刷をされるそうですね。
         ご主人から電話いただきまして」
    知り合いの 印刷関係の方からの電話。
    年末 全てを放り出して 年賀状制作にかかっていたので
    どうやら悲鳴をあげたのは 夫の方だったみたいで…



芝居の稽古場から

動物になってみる(1)

  猿になったりシロクマになったり

牛

最近テレビのBS放送で
動物ドキュメンタリーを良く見ます。
BBC放送など、
海外の いいものが 沢山あります。

でも、見るというよりは
見ながら ワタシ、 動物になっちゃうんです。

まず、動物と呼吸をあわせてみます。

相手を威嚇したり、怯えたり
様子をうかがったり…

キュッと身体が緊張したりして
生理が自分に移ると
動物の血の巡りや 体温や
心理状態まで見えてくるみたい。

これって「蛇みたいな女」
とか「豚みたいに どてっとしたヤツ」
なんていうのを演じるとき
呼吸や身体から入っていくと
結構うまく行くことがあって

そんなんで やってるうち
案外面白くて 味をしめちゃったもので…。

ハアハア涎をたらして噛合う ライオン
ヒュルヒュルっと忍び寄る 蛇

のんびり「家族の団欒」気分で
番組を楽しんでいる夫は
もう、慣れたもんで
隣で私が 吠えていようが
床を のたうちまわろうが
そんなことは 気にも留めません。

劇団の養成所の時代に
稽古したことはあっても
大の大人が こんなことを
日々、大まじめにやってるんですから
役者ってのは ホント へんな商売です。


芝居の稽古場から

体育会の挨拶

   相手と自分の距離 (2)

そう考えて、思い出した。
学生の頃 フィギュアスケートをやっていた。
体育会スケート部だったので
部室は ホッケーやスピードスケートと一緒。

当然 体育会風の 風土がある。
先輩に会えば
「おはようございます!」
と挨拶しなければならない。

まあ、挨拶だから 当たり前と言えば 当たり前。
ところが、これができない新入生が多かった。
見ていると、挨拶したくない訳ではなくて…
ただ声が出ないのだ。

下向いて モソモソっと早口の小声だったり
上目遣いに目を見て 
アゴを ちょこっと突き出したり。
挨拶した「つもり」には なっているようだ。

そこで 無理矢理 先輩が
大きな声を出す稽古をさせる。
不思議なもので、
思い切って声を出してしまえば
あとはどうってこともない。

気がつけば、誰もが
自然に、フツーに挨拶できるようになっていた。
挨拶できなかったことが うそのように…。

こんなふうに
垣根を越えてしまえば
バカバカしいことでも、
なんとなく超えられない垣根を
誰もが持っている。

気がつかないだけで
今も 持っているのかもしれない。

自分の中にある 深層心理に気づくのが
役者の仕事だと思いつつ
さて、次なる垣根に気づくのは いつになるやら…?

イラスト

1993年 年賀状

1993

芝居の稽古場から

目が見られない!

   相手と自分との距離 (1)  

20代の初めに 劇団の養成所に居た頃
相手役の目が 正面から見られなくて
困った思い出がある。

考えてみたら子供の頃、父親に
 「相手の目を 凝視してはいけない。
  話を聞く時は、鼻から口元にかけて
  柔らかい視線を向けて 
  微笑んでいなければならない」
なんて言われて育ったので
目を見ようとすると、
なんだか いけないことをしているみたいな 気がした。
大正生まれの父だったから
「子女のたしなみ」
みたいなつもりで教えたのだろう。

役者にとって 眼力は命。
キッ とにらんだりすると
(あっ…いけない!)と ドキドキしてしまう。
こりゃあ いかん なんとかせねば…

そこで真っ黒のサングラスを買った。
電車に乗って サングラス越しに
向かいに座ったヒトを睨む。

そんなことをやったせいも あってか
気がついたら 
相手の目を見ることに、
何の抵抗もなくなっていた。

  ついでに柔らかい視線も消えちゃったかもしれないけど

あのころ、なんで見られなかったんだろう…
今にして考えると 不思議。

そういえば 最近は、目でなくて
相手に声が届かないヒトが多いなと思う。
ボソボそっと、ひとりでつぶやくような形で
他人と話をする。

きっと この人たちも
相手と自分の距離の中で
超えられない なにかを
持っているのかもしれない。

気がつく機会が ないだけで…
その、深層心理を 覗いてみたいな。



(このページの最後迄いったら 右下の「次のページ」というのを
クリックしてください。小さくて見にくいのですが…) 




見た聞いた!

地獄行き!タクシー

      タクシーあれこれ (4)

コンサートの司会の仕事で
京都に行った時のこと。

夜のコンサートが終わって
ミュージシャンたちと 飲み歩き
夜遅くに ホテルに帰るため
皆でタクシーを停めた。

ここから、恐怖の時間が始まった…。

私たちを 乗せるや否や
ギューンと いきなり発車。

前方の 信号が黄色に変わり
…赤に…

運ちゃん、フルスピードで
交叉点を突っ走る。

交叉点右折もフルスピードのまま
キュルキュルキュル〜
タイヤのきしむ音!

私たちの身体も 左に傾き
ズズっと左に ずれる。
怖くてみんな どこかに しがみつく。

次の信号は、既に赤。
でも、運ちゃん 停まらない。
クラクションを パァパァ鳴らして
周りを威嚇しながら 突っ込む 突っ込む!

(横から車が来るな〜!)と心で祈り、
悲鳴を上げつつ 小さくなる

運ちゃんも 私たちも
ひとことも、喋らない。

ああ……ホテルに…つ・い・た…。
真冬だったが
全員、冷や汗でぐっしょり。
酔いは すっかり 褪めた。







イラスト

1991年 年賀状

1991年 年賀状

最初にご紹介した
1990年の 赤いのと おなじシリーズ。
この路線が気に入って
何年か こういうのを 続けました。


そのほか

蓮の葉で酒盛り

    蓮の酒宴って、何かで読んだことがあって…

不忍池の蓮3 

上野の不忍池の蓮が、今満開です。
むかし、ここで酒宴をやったことを 思い出しました。
とっておきの 日本酒を手に入れて

友人と4人で 夜中に忍び込み
  …いや、べつに立ち入り禁止じゃなかったけど
  なんとなく 忍び込む って気分で…

蓮の葉を ちょいと失敬して
  よいこの みなさんは やってはいけません
茎を20㎝くらいにします。
茎は中空で ストローみたいになっていますから、
葉の真ん中、茎の入り口にプスリと小さな穴をあけます。

茎の先を口にくわえ
葉に日本酒を注ぐと
茎を伝って タラタラと…甘露の汁が…

人気のない 真っ暗な中の酒宴。

ついでに、蓮の花びらにも 酒を注いで
…これが ホントの酔狂??


            不忍池の蓮2
不忍池の蓮1




芝居の稽古場から

哲学…ねぇ〜。

 中野の師匠、演出家のJさんには
毎週1回、1対1で、
舞台における「空間理論」?!
なるものを 伝授していただいている。
これについては 
あまりにややこしくて ん…説明できな〜い。

言葉にするとややこしくても
体感すると、なんとも不思議な世界
身体を通してしか、伝えにくい
既存の演技理論が ふっ飛んでしまう
とっても面白い世界!
…とだけ、言っておきますぅ。


師匠とのマンツーマンの時間は
時には、政治、歴史、
その他、話はどんどん飛んで
J師匠の 熱い独演会となることも多い。

その J師匠の ひとこと


  「いろんな俳優たちと
   つき合ってきたけどね。
   結局 哲学持ってる人しか
   残らないね。」


すみません、哲学は…
と頭をひねって…

なんかDENさんの話
通じるモノを感じました。


未分類

DENさん語録(11)で思い出した

      これを読む前に「こっち」を先に読んでね

DENさんの話を聞いて、思い出した。
20代はじめに 劇団で朗読を教えてくださった
俳優の臼井正明さんは
  (「
2人の爺さんと2人の別嬪さんの朗読会1と「Part2
老年になられた今も とってもダンディ。
その臼井さんが こんなことを…

   「趣味の悪い人は
   朗読しても、趣味が悪いよ。
   野暮ったいもんしか、持ってない奴は
   読んでも どこか野暮ったさがある。
   うまい へたとは また違うけど

   人間が出るんだよ。

   だから、普段のその人を見ただけで
  (あ…こいつは こんな感じかな)
   ってわかっちゃう。

  反対に、いい生き方してるから
  かならずしも いい朗読するとは
  限らないけどね。
  ダメな奴は、なんとなくわかるけど
  その反対は…うぅん…なんんとも言えないなあ」

追記 朗読をする方にも、芝居の話 は
   きっと ヒントになります。
   ぜひ 読んでみてね



DENさん語録

そいつの本箱を見てさあ…

      DENさん語録 (11)

   「役者のウチにいってさぁ
   そいつの本箱 覗いた時に
   『シェークスピア全集』とか
   『チェーホフ』とか並んでても

   『ふ〜ん、そうかい』

   と思うだけだよ。
            役者がそういうの 読むのは 当たり前だからね。
   だけど、もし 物理の本とか 
   俺の想像のつかないような本が並んでたら
   
   『もしかしたら、こいつ、おもしれぇ役者かもしれない』

   って思うね。
   必要なモンしか 読まない奴は
   つまんないよ。いっしょにやっても」




    

イラスト

1988年 年賀状

1988年 年賀状

さすがに 和紙をちぎって貼る作業は
この年からやめにしまして
和紙にそのまま 刷りました。
濃淡でも多色刷りだったから
大変だったなあ…





DENさん語録

シンバル叩く猿

     DENさん語録(10)

   「僕は 今の演劇
   『型』みたいなのをつくりたい
    日常を切り取って 
    カリカチュアみたいに したいなあ」

そこで演出家の傳さんが命じたのは
 
   「みんな なにか とんでもない動作を
    入れて見なさい。
    手をぐるぐる振りまわすとか
    ほら、昔オモチャ屋で売ってた
    ネジ巻くと シンバル叩く猿 みたいなのとか」

(どこに いれよう? 何を いれよう?)
みんな、なかなかうまく行かない…

さっそく 取り入れたのは 守川くみ子 大先輩。
稽古している「とりあえずの死」は年齢層が幅広く、
70代80代の超ベテランが揃っているけど
そのなかでも、長老クラス。
(あとで年齢を知ってびっくりィ!
      60代後半にしか…)
しかも、演技は軽やかで テンポもよく
歯切れのいい声は 
舞台に出ただけで お客を ぐぐっと惹き付ける
あこがれの 大先輩。

その守川さんが、なんと 演技の中に
お猿のシンバルを、各所に取り入れちゃった!

普通、こんなことやったら
場違いになっちゃうと 思うでしょ?
浮いちゃうと 思うでしょ?

ところが守川さんのは、
その人物が、普通〜にやっているように見せちゃう。
演技の中に、取り込んじゃう。
超、リアル!
皆 唖然としました。

カリカチュアとは…「型」って これなんだって。

演技が惰性になると 
「形」(かたち)になって どんどんつまらなくなる。
でも「型」(かた)はちがう
演技も、エネルギーも<凝縮>してる。


昔、狂言や 歌舞伎の 型も
こうやって生まれたんだろうなぁ…

80代のベテランが
これまで身につけて やってきたものを 
面白そうに ポイポイ捨てて
どんどん新しいことを取り入れていく。

たいした技術も 身につけてないのに
我々以下、若い役者の方が、
そのつまんないものが 捨てられない…

参りました!

そのほか

15年もの?線香花火

友人が集まったので
我が家の秘蔵の日本酒
四季桜の吟醸酒をあけました。

多分10年くらい(ラベルがはがれて??)たってるけど
日本酒専用冷蔵庫に入っていたせいか
老香もなく、うっすらと色づいたくらいで
品の良い味は まさに飲み頃。

それじゃあついでに…と
こちらは多分15年くらい前に買ったまま
しまい忘れていた
線香花火に火をつけることに…。

この花火、木の箱に入ってて
しかも、和紙なんぞに包まれて
ちょっと 凝り過ぎか…
開けると 普通の線香花火の2分の1くらいの細さ
物々しく 炭なんかが隅っこにあって
10本しか入っていない!
しかも、当時2000円ぐらい?したような!!

あんまり高くて 腰を抜かし
何かの イベント用にと とっておいて、
すっかり忘れておりました。

ちゃんと、火はつきましたよ。
普通の…というか、
小さいせいか、ちょっと 控えめな感じ…かな。

熟成したお酒と
熟成した 線香花火

おとなの 夜でした。



hanabi1.jpg

hanabi4.jpg

イラスト

1987年 年賀状

1987.jpg 

これも、和紙をちぎった紙に
リノリウムの版画 多色刷り
どんどん、凝ったのね。
この頃は…

見た聞いた!

死にそうな…タクシー

     タクシー あれこれ(3)

  「えっ…参宮橋ですか?
   あそこは入りにくいんですよねぇ」


個人タクシーだった。
おもわず、運転手を見る。
なんだか亡霊のように 影の薄い…
80代くらいかな…と、お見受けした。

   「私…よくわかっていませんから、
    駅前でなくても、停めやすい所で結構です。」


   「わたくし、行けと言われれば
    こちらも商売ですから 行きますけどね…」


   「ですから、行きにくかったら
    その近くでいいんですよ。」

   「……」

しばらくして…ボソッと

   「だいたい、こういう雨の日は
    運転するのがいやなんですよ。
    気持ちも暗くなりますしねえ…」

(何も運転しろと私が頼んだ訳じゃないわい)
と、おもわず言いたくなるのを ぐっと堪える。

あの世から化けて出てきたみたいな
運転手のグチを じっと聞きながらの15分間。
  
無理矢理 お年寄りに運転させた罪悪感を
一方的にもたされつつ 降車。

ああ…きっと ご家族も
   「お願い おじいちゃん
    元気な限り、運転してね」
と、家から送り出したに違いない。
一日中 顔つき合わせてたら 
息が詰まるものね。

わたしも、窒息しそうな15分間でした。

イラスト

1985年 年賀状

1985年 年賀状  

この頃は 凝ったのよォ。
和紙を 水で濡らして 手で裂いて
(そうすると 和紙の風合いが出るの)
それに リノリウム版の 版画を刷ってから
年賀葉書に 一枚一枚貼ってました。
一枚つくるのに やたら時間が…
年末は年賀状作るのに 何日かかったことやら。



見た聞いた!

極上サービス タクシー??

     タクシー あれこれ(2)

タクシーを止めた瞬間
(…ん?? 何かが違う そう、空気が…)
個人タクシーのドアが開いた瞬間
宮内庁御用達風の 雰囲気が漂う。
白手袋の運転手は 丁寧に挨拶した。

   「いらっしゃいませ、私、運転手の○○と申します」

まだMKタクシーなんてない頃だ。
こんな 挨拶をするタクシーなんて
見たことも聞いたこともなかった時代。

   
「どちらまで参り ましょうか」
   「はあ…六本木まで。」
   「六本木交叉点でございますね。
    では、出発いたします。
   (白手袋の左手を高く上げて)
    出発!」

   「車内の温度はいかがでしょうか?」
   「はあ、…ちょうどいいです」
   「雑誌もいろいろ取り揃えております。
    お好きなのをお選びください」


雑誌がきちんと整理されてかごの中にあった
なにせ 青山から 六本木。
読む時間はなさそうなので 辞退する。

   「どうぞお茶をお飲みください」
   (パックいりのお茶を渡される)

   「音楽のお好みはございますか?
    お好きなジャンルを ご用命ください」

   「はあ、…あの、このままでいいです」

   「音量の方も いいでしょうか?
    後ろから ステレオのスピーカーでお楽しみいただけます」


   「はい、結構です」

   「間もなく、信号で止まります。
     (また、白手袋が上がった)
    て・い・し…(停まって)いたしました。」

   「間もなく右に曲がります。」
      (白手袋)
   「カーブで揺れます」

   「あ…はい」
      思わず こちらも 返事。

   「前方に地面の凹凸があります。
    ちょっと、ガタンといたします。」


   「はぃ…」
     
 だんだん 声が小さくなる。    

   「間もなく、到着いたします。」

   「はい、到着いたしました。
    本日はご乗車 まことにありがとうございました。
    女性の方には、香り入りのガムをプレゼントいたします。
    こちらは薔薇の香りがいたします。」

降りた。たった10分だったが
ひどく…緊張して…疲れた。


  

イラスト

1990年 年賀状より

1990年 年賀状

これは リノリウムのゴム版画。
イラストのページでは
私の描いた イラストや 漫画から
あれこれ ご紹介して参ります。
まずは 昔の年賀状から 続けて…







見た聞いた!

同じタクシーに 偶然!

     タクシー あれこれ(1)

タクシーに乗ると、運転手さんから
いろいろな話を聞くことがある
おもわぬ 出逢いもある。

1000円前後の短い距離だから
そんなにアレコレ 話す訳ではないが、
それだけに、人生の断片を切り取った
不思議な 出来事も垣間みる。


  「お客さん、前にのったことあるでしょ?」
と言われて
  「この前のった時は ○○にの話をしたよね。
   いやー、同じ人を乗せることって
   滅多に無いんだよね。
   めずらしいねえ。」


話をしてるうちに だんだん思い出してきた。
ひとしきり その話題で すっかり盛り上がった。


降りる時に ひとこと。

  「また、偶然、俺のに乗ることあるかな?
   あるといいねえ。」


今も  あの人は,
東京のどこかを走っているんだろうか。


DENさん語録

笑う所で怒れ!泣く所で笑え!

        DENさん語録(9)    
            
「とりあえずの死」の稽古場から

  「楽しい所で笑うから 駄目なんだよ。
   悲しい場面で 悲しそうにするから つまんないんだよ。」


すごく嬉しいときに
(嬉しくなんか ないわよ!)って
苦虫かみつぶした顔して、心の中で喜んでいるひと。
その人の 心と顔は 反対ってことは よくありますよね。

高校のとき、父親を亡くした友人が
お葬式の翌日に 学校に出てきて
笑いながら 友人としゃべりまくっていたのを
思い出しました。
彼女はそうやって 
悲しさをまぎらしていたのでしょうね。

泣いている彼女をみるより
笑っているのを見る方が
ずっと 痛々しかった…

  「心と 外側が
   べったり 重なってたら
   面白くも なんともないよ」

戦争で全てを無くした、老婆が
目の前で起こった悲惨な「あの頃」を 語るとき
心と 身体を重ねたら
とても 辛くて そこに居られないような気がしました。

日常でさえも
心と身体が ひとつになる時って
案外少ないのかもしれないなあ…

DENさん語録

地獄を見た人の顔

3年前の夏、
「とりあえずの死」
のなかで 
ボロボロになった老婆を演ずるために
いろんなドキュメンタリーを 手当たり次第見た。

ちょうどNHKで 戦争で生き残った人たちの証言を
シリーズでやっていた。

人を殺した人
友人や肉親が目の前で殺された人…

みんな 能面のように 淡々と
それを語っていた。

遠い所を見るような目で
心の中に 空洞ができたように。

時には、笑顔さえ浮かべて。

そして、何かの拍子に
心の琴線に 「なにか」が触れたとき
涙がキラリと光った。

長い年月の中で 自分の中で
その事実と どう向き合ってきたのか。
それを知りたいと思った。

夏が来ると、今年もテレビで戦争のドキュメンタリーが流れる。 

そのとき私がつかもうとした「なにか」。
今頃になって、また、新たなモノが私の心に触れる。

  「泣き叫んだって、悲しげに語ったって
   人の痛みなんか 伝わらないよ
   ほんとうに地獄を見た人は
   そんな風には 語らないんだ」

演出のDENさんのことばが、
今頃になって、また 心に響く。

DENさん語録

良心は 個人にはあるけど 国家にはないよ

     DENさん語録(8)

「とりあえずの死」は満蒙開拓団で 想像を絶する経験をした
ボロぞうきんのように 社会から見捨てられた人々の話。
そして、壮絶なる人間の生き様を 描いています。

だから、現代に生きる私たちが
経験したことの無いことを
いかに自分たちの 肌で感じられるか…

「 」つきの演技(DENさん語録(1)を参照)
にならないために、演出家DENさんは
私たちに稽古の度に ヒントを語ってくれます。

  「ピューリッツァー賞をとった写真で
   ベトナム戦争のときに
   胎児をぶら下げて ピースサインしてる 
   アメリカ兵士の写真がある。
   ベトナム人の妊婦の足を 2台の戦車で引き裂いて
   その間から落ちた胎児を
   うれしそうに ぶら下げている。

   その兵士がどうなったか 知ってるか?
   国に帰って結婚し
   妻が妊娠した。
   そして赤ん坊が生まれたとき
   そいつは自殺したんだ。

   それを聞いて、俺は ほっとしたよ。
  
   良心は 個人にはある。
   だけど 国家には無い。


追記:3年前に聞いたDENさんの言葉
   3.11後にふりかえったとき   
   あらためて その重みを実感しました。

このページ最後まで行ったら右下の 次のページ ってのをクリックしてね。小さくてみにくいけど。

DENさん語録

演技にも「影」と「光」があるんだ

      DENさん語録(7)

  「お前の芝居には『影』がないんだよ」

長台詞を、メリハリなく喋っている
若い役者に DENさんが 言いました。

  沢田祐二って いい照明するのがいてなぁ
   浅利慶太なんか 離さなかったくらいさ。
   その沢田さんが こんなことを言ったんだ」

  注;調べたら、日本照明家協会の会長さんでした

  
「『いい明かりをつくるのは
   いかに光を当てるかじゃなくて
   いかに影をつくるかが大切だ

 
   例えば 机を明るくしようとしたら
   机の縁に 光の当たっていないところをつくる。
   とたんに、机が明るく 浮き出るんだ。

   影がなけりゃ 光は平板になる。
   ヘタな奴は 光を当てることしか考えない
   セリフにだって 影がいるんだ。
   どこが影なのか、考えてみろ!」

追記
絵、音楽、ダンス、すべての表現に…
それどころか、全ての事象
人間の生き方にだって光と影が…
DENさんの言葉は 深いです。   



DENさん語録

かけひき

     DENさん語録 (6)

DENさんは稽古が始まる前に、
いろんなことを つぶやきます。

  「岩魚を釣るには
   いろんな 駆引きがいるんだ。
   教えたり、教えられたり…
   つまんねえ 女を口説くより 
   よっぽど面白いって言うんだな、これが。

   だけど俺は まだ釣りには興味が無い。
   女の方がいいよ。まだな。

   だけどもし
   俺が 釣り竿持って 歩いてるのを見たら
   『ああ、ついに藤田傳も 女に厭きた』
   と思ってくれ。」

まだ、釣り竿持って歩いているDENさんは
見たことが無い。
きっと、まだ 厭きてないのね。○○に…


   


   

プロフィール

はんがん

Author:はんがん
河崎早春(かわさき さはる)
俳優、朗読家。NPO日本朗読文化協会講師。

舞台の案内、これまでの舞台、仕事歴は
公式HP 「ことばの国」

朗読、語りの様子はYouTube
「ちりぢごく」「瘤取り」ほか


プライベートな 趣味の世界は Facebook

なお、武者小路実篤記念館のHPで
詩の朗読の映像も見られます。
→ 「詩の世界」

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