芝居で出合った 演出家、俳優の 現場のイイ話。私の本箱、イメージを言葉にする とっておきの方法 。 エッセイ、イラスト、本のコレクションの紹介、その他 私のお気に入り あれこれ 

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見た聞いた!

寅さんと小道具

小道具が上手に生きているなあって
感心する映画があります。
代表的なのが、チャップリン。
ステッキから始まって、
ナイフとフォーク、地球儀…
その扱いの見事なこと。

最近、テレビで「男はつらいよ 純情編」を見返したのですが
その中に、ありました
小道具の光っているシーンが!
若尾文子演じるマドンナ、夕子さんを
ご主人が迎えに来るシーンです。

「こういうときに限って帰って来るんだ、あのバカ」
と オイちゃんが言った途端
夕子さんを喜ばせようと寺から借りた
臼と杵を源ちゃんと賑やかに運んで来た、寅さん

(ああ、もう駄目だ…)と目をつぶる おばちゃん。
お世話になったと挨拶する夕子さんに
幸せにと 口ではいいつつ ショックを受ける寅さん

そんな寅さんが なぜか
杵の 下になる方を上にして背中に背負っているのですが
その杵の先に 後頭部をぶつけ
杵の先はグルリと回転。

顔もセリフも、夕子さんの幸せを祈っている
寅さんの心の内が
この、杵で表されています。

「よかった、ははは…」と力なく笑い
と口笛を吹きながら二階へ引っ込む寅さん
階段の登り口にある のれんの中に…。

そこへ間の悪いことに やってきたタコ社長
寅さんの居るのも知らず
「寅のヤツまたふられちゃったか」
それを聞いた寅さんはピタリと足を止めます。
のれんから杵の先っちょがだけが顔を出している。
これで寅さんが聞いてるのがわかります。
さあ、ひと騒動おきるかな?
ちょこっと後ずさりして、もしや…と思わせた後
寅さんは二階へ上っていき
一同、ほっと胸を撫で下ろす。
その途端、
ガランガランガランと杵が二階から落っこちてくる。
シーン転換。

このあたり、
寅さんの心を、すべて表現しているのが杵なのです。
いつもだったらひと騒動起こすところを
とてもサラッと、何事もなく描いているけれど
杵が それを補足するべく 濃厚に物語っている。
こいう小道具の使い方って
凄いなあと思います。

このあと、夜の柴又の駅で
サクラと寅さんの別れの名シーンへと繋がります。

それにしても、
小道具使いって、おもしろいなあ…
顔で笑いながら、ハンカチをもてあそぶ手で怒りを表したりすると
クサい演技にならなくてすむ。
小道具ってとっても役に立ちます。
もっともっと 小道具で遊ぶぞっ!

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見た聞いた!

春画展みたいよ〜

ピエール•カルダンと昼食した!!ときのはなしです。
もう30年くらい前になりますが
パリに行った時に、
「今からランチをご一緒できるかなあ」
と父が空港から電話して、
友人をランチに誘いました。
「もうひとり連れて行ってもいいならだいじょうぶよ」
といわれて…それが…びっくり。カルダン氏でした。
当時 パリで最も多忙な男 と言われていた
カルダンの時間が たまたま空いたので
「連れて来ちゃったわ」…と。

食事中、彼は好奇心一杯にあれこれ質問を浴びせ
次から次へと目をキラキラさせて喋り…
それは子供の目をした紳士でした。

こうして4人で食事をしたあと
彼の芸術の発表の場として作ったエスパス•カルダン
案内していただきました。
「ここで北斎の春画展をやったのですが、素晴しかったですよ」
それは、地下のスペース。
真っ暗にして、入り口でチケットと一緒に
ペンライトを配ったそうです。
いかにもカルダンらしいユーモアとアイディア!
ひとりひとりが ペンライトの明かりで照らしてみる
大胆であり繊細な技巧の極地である春画
それはどんなに素敵だったでしょう!
こんな風にして見てみたいなあ…。

しかしっ、日本では真っ暗な展覧会は消防法に触れるし
第一、本物の春画を見られるような展覧会自体が
開催されないのです。
大英博物館にはじまって世界各地を巡回する春画展を
日本だけが受け入れないなんて!
一流の画家たちが春画をこぞって描いたというのは
江戸の遊び心。
いかに現代に遊び心が失われているか…。
日本が誇る、素晴しい江戸文化なのにぃ。
なんてこったい!!
だいいち、江戸時代には子供だって見てたし。
お嫁に行く娘に持たせた人もいるくらいだし。
私だって小学生の頃に
父に社会教育の一環として
印刷した春画も見せてもらったし、
昔の吉原遊郭跡だって連れて行かれた経験があるけど。
だからって、性犯罪には関係してないぞ。
まあ、少々エッチな話は好きになったかも知れないけど…。
見せなきゃいいってもんじゃないでしょね〜。

春画記事

見た聞いた!

小津安二郎と樋口一葉(下)

子供の社会と大人の社会

「生まれてはみたけれど」の映画を見終わった後
不意に「たけくらべ」の子供たちのことが頭に浮かびました。

1932年(昭和7年)の新興住宅地の子供たちと
明治の中期の吉原界隈の子供たち
おなじ子供たちと言っても、後者の方が年上ですが
たけくらべ」の子供たちの世界には
大人の社会が入り込んでいます。
妙にませていて、いっぱしの大人のような口をききながら
それでも完全に大人社会に足を踏み入れているわけではありません。
でも、この子はこういう人生を送るのだろうなあと
読者の誰もが想像することができます。

小津映画の子供たちは
サラリーマン家庭ですから
親の働いているところを見て育ってはいません。
子供の社会に大人の社会は入り込まず
主人公の兄弟は
会社の上司の子を子分にしています。
子供には子供の つきあいがあります。

だから上司にへつらう父親の生き方は
子供の価値観では納得がいかず、怒りは爆発。
でも、最後に上司にぺこぺこする父親の生き方を
生活のためには仕方がないと
子供ながらに受け入れ
それでも 上司の子には頭を下げないぞ
という自分たちの生き方も主張し
とはいうものの、その子を従えつつも
「お前の親父の方が偉いんだな」と歩み寄ったりするところなど
思わずクスッと笑ってしまいます。

この子たちがどういう大人になっていくのか
たけくらべ」とちがって
こちらは未知数です。

江戸から明治に、そして現代になるに従って
大人の働いている姿が 子供から
どんどん隔離されていくようになりました。
大人の社会は子供たちにとって
すぐに納得できるものではなく
矛盾に満ち、そこには様々なしがらみもあります。
そういうものを 子供ながらに感じとり
それを自分なりに どう納得させていくか
そういう 矛盾との戦いも
人間の深みや、豊かさを育てていくような気がします。
矛盾とどう向き合うか
それによって潰されたり、ひらきなおったり
悪い芽が生まれてくる可能性も大きいけれど。

小津映画と一葉の子供たちを比べながら
この矛盾について考えました。
どちらも、大人の社会の矛盾に出合って
それによって子供たちは成長していきます。
もしも、子供時代にこの矛盾に出合わなかったとしたら…。
大人の社会を 見せないようにすること
矛盾を感じさせず
綺麗なものだけを見て育つことに
ちょっと怖さを感じました。
大人になって そこではじめて社会と自分との矛盾を感じたとしたら…。
矛盾を感じずに生きた時
子供の社会をそのまま大人に引きずって
社会の出来事を これは善、これは悪 と
すっぱり割り切って生きていくと
とっても怖い社会になるのではないかと。
自分の考えが社会の常識、世界の常識と思ってしまったら…?

今の世の中を見ていると
人間も、社会も「懐の深さ」というものが
どんどん失われているような気がします。
すぐにキレる人の事件も後を絶ちません。
もしかしたら子供のころの
こんな経験も
少しはそれに関係しているのかもしれませんね。

「じゃあ、お前はどうなんだ」
と言われたら…
大人社会の矛盾を教えてくれたのは
本や映画だったような気がします。
実社会で突きつけられた人に比べたら
ひ弱ですね…きっと…。

見た聞いた!

小津安二郎と樋口一葉(中)

樋口一葉たけくらべ

昔から大好きな作品でした。
ここに描かれているのは
遊郭 吉原界隈という特殊な地域に暮らす
ちょうど子供から大人になっていく
微妙な年代の子供たちです。
そのひとりひとりが
大人の社会を背負っていて
「ああ、この子に こんな面があるんだ…」
と、読み進むうちに気付かされます。
どの子供も、その子を主人公に物語ができる…
それほど、魅力的に生き生きと描かれているのです。

さて、ここで取り上げたいのは
三五郎という戯け者の少年です。

たけくらべ」の子供たちは
鳶の親方の息子、長吉がリーダーの「横町組」と
家が金貸しの。正太郎ひきいる「表町組」と
二つの組に分かれて反目しています。
三五郎は貧しい俥引きの息子。
「横町組」に住まいはあり、
横町組の長吉の親が長屋の大家。
そのうえ表町組の正太郎の家からは借金がある。
そんな複雑な家庭の事情があり
横町、表町、どちらにも いい顔をするしかありません。
そのどっちつかずの態度を 
皆に責められ、馬鹿にされます。
三五郎の下には五人の兄弟があり
兄貴として兄弟の暮らしを支えてもいます。
赤ん坊を負ぶいながら 
声のかかるところならどこでも
便利屋のように、ほいほいと働き
三枚目のお調子者として、皆から好かれ、重宝がられている。
戯けて生きる逞しさを彼は持っています。

たけくらべ」の子供たちの中では
美登利、信如、正太郎に比べて脇役ではありますが
三五郎の描写になると、一葉さんの筆が生き生きとしてきます。
きっと一葉のまわりにも
「頑張れよ」と声をかけたくなるような
こんな子供がいたにちがいありません。
三五郎

見た聞いた!

小津安二郎と樋口一葉(上)

小津安二郎
「大人の見る絵本 「生まれてはみたけれど


最近朗読の舞台で「たけくらべ」を取り上げたのですが
たまたまTVで小津安二郎の無声映画
生まれてはみたけれど」を見て、
たけくらべ」と比較しながら、感じることがありました。
どちらも子供の社会と大人の社会が描かれています。

そこでまず小津映画の方から…
 
以前このBlogで「お早う」を取り上げましたが
《「お早う」はフランス映画の匂い(1)(2)》
生まれてはみたけれど」(1932年)も
二人の兄弟が主人公です。
「大人の見る絵本 生まれてはみたけれど
タイトルに「大人の見る絵本」とあるように、
たけくらべ」もそうですが、大人の目で子供たちの様子を描写しています。
 
郊外の新興住宅地に越して来たサラリーマン一家。
二人の子供は近所の悪ガキたちに虐められますが
そのうち、友達になり、一緒に遊ぶようになります。
兄弟の尊敬するのは威厳のある父親。
ところが、ある時、その父親が上司の前で
卑屈なまでにへりくだって
三枚目を演じていることを知ってしまったのです。
父親に対する怒りがこみあげる兄弟。
そんな子供の反抗を知った父母は戸惑います。
やがて、子供達は父親の立場を知り
大人への第一歩を踏み出すのです。

この、子供たちひとりひとりが
生き生きとして、逞しく、なんともユーモラス!
子供達の父親自慢のシーンは印象的でした。
「俺の親父は、歯(入れ歯)を入れたりとったりできるぞ」
と自慢するかと思えば
「うちの父ちゃんは綺麗な車に乗ってる」
「何だい、お前ンちはお葬い屋じゃないか」
子供ならではの理想と
大人の現実とのギャップに
思わず笑ってしまいながら、
両親の愛情や
子供ならではの やるせなさに
ホロリと涙する、
すてきな映画でした。



見た聞いた!

「おしぼり」に受け方がある?!

手渡された「おしぼり」を受け取る方法

そんなこと、考えたことがありますか?
それも、手の甲で受けるなんて!!

夫の中高時代の親友は
柳橋の高級料亭の息子でした。
勉強を見てあげる…という名目で
毎週末、そこに入り浸っておりまして
お客様に出した残り物の
料亭のごちそうを ちゃっかり頂いたりしていたそうです。

芸者さんたちは面白がって
この闖入者に
いろいろ教えてくれます。

そこで教わったことのひとつが
なんと「おしぼりの 受け方」!

手の平を出して受け取ろうとしたところ
「坊や、おしぼりは 手の甲で受けるものよ。
だって、もし熱かったら
手の平を やけどしちゃうでしょ。
やたらに 人を信用しちゃ駄目なのよ」
と諭されたというのです。

それから夫は 手の甲で受け取るようになったそうです。
ところが、高級なところに行ったとき
スッと手の甲を出すと、
「どこでおぼえたのですか?」
と、何度か感心されたのです。
手の甲で受けると
「いいところでの遊びを知っている人」
として、
お店の人の対応が違うのに
びっくりしたとか…。

ほう…、私は初めて知りました。
料理を作ったりしてると
手の皮が厚くなるのでしょうか。
私は 手の甲の方が敏感な気がしますが…

おしぼりの 受け方 なんて
考えたことも なかったけれど。
おしぼりの話、もっと詳しくご存知の方があったら
どうぞ教えてくださいね。

見た聞いた!

古いステンドグラス

以前、ロマネスク建築を見るために
毎年レンタカーでスペインをまわっていました。
見事なステンドグラスをたくさん見ましたが
私が心惹かれたのは
どれも、幾何学模様のもの。


初等部のステンドグラス


多分その原点は
小学校のチャペルのステンドグラスだったのではないでしょうか?
いまはとり壊されて 普通のステンドグラスのチャペルになってしまいました
朝、正面から陽が射すと
チャペルの床に 美しい色が写し出されて
ほんとうにきれいでした。

スペインで見たステンドグラスでは
カタルニア地方の教会のものが印象に残っています。
下の2つはどちらも 色の組み合わせがとてもシックでした。

カタルニアのステンドグラス

カタルニアのステンドグラス2

フランスの中南部、オーベルニュ地方の教会で見たステンドグラスは
線が手書きのようにラフな感じで
どこかモンドリアンの絵のようでもあり 独特な雰囲気。

オーベルニュのステンドグラス2

オーベルニュ


そして、有名な観光地でもある フランスの山間の村
コンクのカテドラルのステンドグラス。
これは、小さな窓ひとつひとつ
縦横斜めの線で組み合わされ
窓ごとにそれが異なっていてきれいでした。
一枚一枚の自然石の色は 
残念ながらこの写真ではわかりません。


コンクのステンドグラス

この他にも すてきなステンドグラスはあったのですが
デジタルカメラになる前のものや
あまりに暗くて撮れないもの等々…。
その中には
薄く削った自然石の 石の肌が、
その名の通り まさにマーブル模様で
その石の模様だけのステンドグラスもありました。
多分とても古いものなのでしょう
素朴で、何とも言えない魅力がありました。


見た聞いた!

アルバイト(2)

「動けない苦しみ!」

昔々、劇団の養成所にいた頃に
変わったアルバイトが 舞い込んできました。

新進気鋭の 粟国安彦の演出による
日本初演のオペラ、チマローザの「秘密の結婚」の舞台。
なんとその、舞台装置の役をやってほしいというのです。

舞台装置…というのは
舞台の両脇に一対の男女のブロンズ像があり
その片方の像が私の役でした。

3幕のオペラの中で
一幕ごとに、燭台、竪琴、布を持って
舞台装置の一部として組み込まれています。
最後の布を持っている時に
あるきっかけで、その布を持つ手をちょっとゆるめると
布が ヒラリと落ちる。
その仕掛けは 人間であれば簡単。
そんなわけで、私はそのブロンズ像になることになりました。

裸の像…といっても
実際は下着の上から厚手のタイツのような
身体にピッタリのものを着込みます。
透けない素材の長袖長ズボン。
顔と手の平、足先以外はしっかり隠れています。
ブロンズ像をデッサンするときのように
ちゃんと陰影が衣装の上から描かれていて
胸は大きく、ウエストは細く…
着ればメリハリのあるボディになるという訳です。
しかも透ける布を たっぷりと身にまとい
蔦のようなものを絡め、
ビーナスの誕生の絵のような感じ。

露出している皮膚と顔はブロンズの像の色に塗り
ブロンズ色の鬘をつけます。

この格好で
息を殺して舞台に居ますと、
本物のブロンズ像みたいです。

秘密の結婚」のストーリーは
なかなか面白く、コミカルでハラハラドキドキ
本番中も思わず見入ってしまいました。

ときどき お客様の視線が 
こちらに向くのがわかります。
舞台から客席を見ていると
お客さん今どこを見ているのか
しっかり見えるのです。
(あ、いま隣りの人と あの像は本物かって話してるな)
そんなことまで伝わってきます。
その時だけは、息を殺し
瞬きもせずに 固まっていました。

あとから、(女性の方だけは、最後まで人間には見えなかった)
と言われてニヤリ。

フィナーレになって
突然 出演者に手招きされました。
あわてて センターに進み出ると
ブロンズ像だと思ってたのが突然動いたので
客席からドヨメキが起こり
なんと 一番大きな
割れるような拍手が来たのには
びっくりしました。

夭逝した伝説の演出家
粟国安彦の デビューのオペラ
裸の男女が舞台に居たと 何故か伝わっていますが、
いえいえ
あれは、裸ではなかったので〜す!

3時間、固まったまま。
昼夜公演のときは 6時間。
おそろしく疲れる、仕事でしたが
忘れられない思い出です。

見た聞いた!

アルバイト(1)

高校時代、友人が夏休みのアルバイトをするというので…
「私もやってみたい!」と叫んだ。

その私のひとことで 
父が俄然 張り切りはじめた。

「皆がやってるような、くだらないアルバイトはだめだ。
どうせやるんなら、社会経験を積めるものにしなさい」


人脈を駆使して見つけてきたぞとばかり、
父は得々と語った。

「ふたつ話をつけてきた。
 ひとつは、下町の刺青の彫物師のところでお茶出しだ。
 見たことのない、いろんなタイプの人が出入りするから
 人生経験になる。
 もうひとつは
 京都の老舗旅館で下働きだ。
 お客の人間模様も面白いし
 厳しいしつけもしてもらえる。
 どっちがいい、
 好きな方を選びなさい」


私は彫物師の方に ちょっと気持ちが動いた。

「冗談じゃないわ」と母。
「彫物師なんかのところにやれば
 刺青を入れられちゃうかも知れないし
 ヤクザなんかが出入りするんでしょう?」

「そんなことはないさ。
 素人の娘に刺青なんかしないよ。
 それに、何と言ってもお目付役がいるんだから安心だ」


「彫物師なんてとんでもない!
 常識で考えてください。
 それに京都の旅館だって、
 老舗だろうとなんだろうと
 高校生が一夏も親元を離れて京都にいくなんて
 絶対に駄目!」

こうした母の大反対で、
過保護な一人っ子の私は
人生経験の絶好のチャンスを逃してしまった。

あ〜あ、こんな刺激的なアルバイトをやってれば
もっと面白い人間に出来上がってたかもしれないのにねぇ。

見た聞いた!

小津安二郎「お早よう」はフランス映画の匂い(2)

  小津映画の「洒落っ気

感情の中で一番進化しているのは、笑いだとか。
泣く、怒る、恐れる という感情は
哺乳類ならあるけれど
おかしくて笑う動物って  
人間の他にいるのかしら?
犬や猫が 笑ってるような顔をすることはあるけど
カラスが、人間を馬鹿にして笑うみたいな声は出すけど
おかしくて笑っているのかどうか…

その笑いの中でも
くすっ と笑える映画って 素敵だなあと
先日テレビで
小津安二郎の「お早よう」を見ていて つくづく感じた。
大仰に笑わせるのではなく
人間って、面白いね
人間関係って、おかしいねって感じさせる。 
声を出して笑うんじゃなくて
心の中で ふっと笑う。

50年代のフランス映画
ジャック・タチの「ぼくの伯父さん」みたいな
小粋な笑い。

男の子が オナラ比べをやって
指で額を押すと
プゥってオナラがでるんだけど
そのあとに 手で空気をつかむみたいに
やったぜ って仕草をする。
これも、なんかいいんだよね。
パントマイムみたいな動作も 
この映画の楽しさのひとつ。

押し売りを追い払うお婆ちゃん役の
三好栄子の圧倒的な存在感。
いそうでいない、こういう婆ちゃん
かっこいいなあ…。

或る日、2人の兄弟が父親(笠智衆)に
「よけいな事を言いすぎる」って叱られて
「大人だってよけいな事を言ってる
お早う、いいお天気ですね。どちらへ…』とか」
って反論する。
それがきっかけで、男の子達は誰とも口をきかなくなる。

それを聞いて
「そういうよけいな事も、人生の潤滑油」
と言って笑った、佐田啓二、久我善子の若い男女が
駅のホームで 相手に想いを伝えられずに
「雲がきれいですね」
なんて たわいもない会話を交わす。

そんな、日常を切り取って
これといった事件はない。
なんてコトないけど
なんか 洒落てる。

小学校に入って間もなく
父にこの映画を 名画座でみせてもらった。
そのとき、
「ああ、こういう洒落っ気っていうのは
今の日本映画にはなくなったなあ
小津が最後かな…
昔はあったんだけどねぇ」

って父が呟いたのを覚えている。
(昭和30年代ですでになかったの?)
小さかった私は
その「洒落っ気」っていうのが何なのか
さっぱりわからなかったし
「お早よう」の中でも
いい音のオナラをするために
軽石の粉を男の子が飲むシーンとか
そんな事しか覚えていなかったけど
今になって、「そうか」!
あの時父が言った事を思い出した。

笑わしてやろうって
魂胆が見え透いたような
押し付けがましい笑いじゃなくって
くすっ という軽い笑い。
人間や人生を観察して
ああ、こういう人っているいる
人生って可笑しいねえ…
そんなふうな 洒落っ気

たまには古い映画を見て
私たちが失いつつある洒落っ気
もう一度 取り戻そうよ。

こういう「くすっ」と笑えるような
さりげないコメディを私も演じてみたい
と思う このごろです。

見た聞いた!

小津安二郎「お早よう」はフランス映画の匂い(1)

   小津映画の色彩

 久々にBS放送で「お早よう」(1959年)を見た。

昭和30年はじめの
東京郊外の文化住宅に暮らす家族の
日常をスケッチした作品。

見ているうちに思った。
(あれ…これって、50年代のフランス映画の匂いがする)
それは、色彩と 洒落っ気

そこで今回はその 「色彩について…」。

初めに目に留まったのが
どのカットにもワンポイントになっている
赤の アクセント。

食卓やカウンターに ちょこんとのっている
唐辛子の缶の赤。
干した洗濯物の中で 一対だけが赤の洗濯バサミ。
塗り椀、フラフープ…等等。

探していくうちに面白くなった。
よく見ないと気づかないけど
あ、あそこに!そこにも!…。

決して大写しにはならない。
あくまでも、小さなワンポイント。
全体に地味な色合いなだけに
鮮やかな 赤が なんとも印象的。

それから
衣装や、小物なども 神経が行き届いている。

まず男の子の服が小粋だ。
ジーンズにセーター
(この時代にジーンズはまだあまり一般的じゃなかったなあ。
私も3才の時に母に ジーンズのオーバーオールを買ってもらったっけ)
その男の子が 
出かける時はジャンパーに 
ひょいと チェックのマフラーを巻いている。
このチェックの赤も ワンポイント。

セーター、ジャケット、コート、バッグ
着物や羽織や、半纏にエプロン 
普段の さりげない服装が
なんでこんなにオシャレなんだろう。
そして、登場人物が並んだとき
服の色のバランスが 絶妙。

服だけじゃない。
湯呑み、小皿、薬缶などの
日常の なんでもない器の美しさ。
それも、決してアップになんかしない。
それとなく置いてあるだけ。

そうか…小津映画のカメラは低い位置だから
ちゃぶ台や カウンターが 目の高さにある。
そうすると、横一直線に並んだ食器や小物が
なんとも ピタリと いい位置に置かれている。
こんなところにも、神経を届かせてるんだ。

その低いカメラが 
スーッと引いていくと
家の中の 縦と横のラインが美しい。
戸の桟、家具などのラインが入り交じって
…ああ、これはモンドリアンの絵のよう。
ファブリックの縞やチェックも効いている。

文化住宅の 生活感のある
いろんな物が 和洋とりまぜて
ガチャガチャと入り混じる
それなのに、そこに美しさを感じさせている。

最近、こういう何でもない美しさって
なかなかお目にかかれない。
洗練された小津安二郎の美意識が
映画の中に これ見よがしでなく詰まっていた。





見た聞いた!

音が縦に伸びない!

 最近、教会でヘンデルの演奏を聴きまして
ん…?と思ったこと。 


バロック音楽のイメージって
細長く 尖った針のような音が
次から次へと 重なりながら
上へ上へと 垂直に伸びていく感じがする。


 でも、この日に聴いた演奏は
 エッジが尖らずに、丸く柔らかい。 
 そして曲線を描いて 横にひろがっていく感じ。
 だから、ちょっとバロックには あわない気がした。


音楽を聴いていて、
いつも頭の中に いろんなイメージがわいてくる。
それを感じるのが 楽しい。

縦の音、横の音、まる、四角、三角。
細長かったり、フワフワ雲のようだったり
エッジが尖ってたり、ツルツルしてたり。

そこに、海や、森、風、疾走する馬…
いろんな風景や 色のイメージが重なる。

音がイメージに変化していく たのしみ…

  (中野の師匠のはなし、参照してね





見た聞いた!

地獄行き!タクシー

      タクシーあれこれ (4)

コンサートの司会の仕事で
京都に行った時のこと。

夜のコンサートが終わって
ミュージシャンたちと 飲み歩き
夜遅くに ホテルに帰るため
皆でタクシーを停めた。

ここから、恐怖の時間が始まった…。

私たちを 乗せるや否や
ギューンと いきなり発車。

前方の 信号が黄色に変わり
…赤に…

運ちゃん、フルスピードで
交叉点を突っ走る。

交叉点右折もフルスピードのまま
キュルキュルキュル〜
タイヤのきしむ音!

私たちの身体も 左に傾き
ズズっと左に ずれる。
怖くてみんな どこかに しがみつく。

次の信号は、既に赤。
でも、運ちゃん 停まらない。
クラクションを パァパァ鳴らして
周りを威嚇しながら 突っ込む 突っ込む!

(横から車が来るな〜!)と心で祈り、
悲鳴を上げつつ 小さくなる

運ちゃんも 私たちも
ひとことも、喋らない。

ああ……ホテルに…つ・い・た…。
真冬だったが
全員、冷や汗でぐっしょり。
酔いは すっかり 褪めた。







見た聞いた!

死にそうな…タクシー

     タクシー あれこれ(3)

  「えっ…参宮橋ですか?
   あそこは入りにくいんですよねぇ」


個人タクシーだった。
おもわず、運転手を見る。
なんだか亡霊のように 影の薄い…
80代くらいかな…と、お見受けした。

   「私…よくわかっていませんから、
    駅前でなくても、停めやすい所で結構です。」


   「わたくし、行けと言われれば
    こちらも商売ですから 行きますけどね…」


   「ですから、行きにくかったら
    その近くでいいんですよ。」

   「……」

しばらくして…ボソッと

   「だいたい、こういう雨の日は
    運転するのがいやなんですよ。
    気持ちも暗くなりますしねえ…」

(何も運転しろと私が頼んだ訳じゃないわい)
と、おもわず言いたくなるのを ぐっと堪える。

あの世から化けて出てきたみたいな
運転手のグチを じっと聞きながらの15分間。
  
無理矢理 お年寄りに運転させた罪悪感を
一方的にもたされつつ 降車。

ああ…きっと ご家族も
   「お願い おじいちゃん
    元気な限り、運転してね」
と、家から送り出したに違いない。
一日中 顔つき合わせてたら 
息が詰まるものね。

わたしも、窒息しそうな15分間でした。

見た聞いた!

極上サービス タクシー??

     タクシー あれこれ(2)

タクシーを止めた瞬間
(…ん?? 何かが違う そう、空気が…)
個人タクシーのドアが開いた瞬間
宮内庁御用達風の 雰囲気が漂う。
白手袋の運転手は 丁寧に挨拶した。

   「いらっしゃいませ、私、運転手の○○と申します」

まだMKタクシーなんてない頃だ。
こんな 挨拶をするタクシーなんて
見たことも聞いたこともなかった時代。

   
「どちらまで参り ましょうか」
   「はあ…六本木まで。」
   「六本木交叉点でございますね。
    では、出発いたします。
   (白手袋の左手を高く上げて)
    出発!」

   「車内の温度はいかがでしょうか?」
   「はあ、…ちょうどいいです」
   「雑誌もいろいろ取り揃えております。
    お好きなのをお選びください」


雑誌がきちんと整理されてかごの中にあった
なにせ 青山から 六本木。
読む時間はなさそうなので 辞退する。

   「どうぞお茶をお飲みください」
   (パックいりのお茶を渡される)

   「音楽のお好みはございますか?
    お好きなジャンルを ご用命ください」

   「はあ、…あの、このままでいいです」

   「音量の方も いいでしょうか?
    後ろから ステレオのスピーカーでお楽しみいただけます」


   「はい、結構です」

   「間もなく、信号で止まります。
     (また、白手袋が上がった)
    て・い・し…(停まって)いたしました。」

   「間もなく右に曲がります。」
      (白手袋)
   「カーブで揺れます」

   「あ…はい」
      思わず こちらも 返事。

   「前方に地面の凹凸があります。
    ちょっと、ガタンといたします。」


   「はぃ…」
     
 だんだん 声が小さくなる。    

   「間もなく、到着いたします。」

   「はい、到着いたしました。
    本日はご乗車 まことにありがとうございました。
    女性の方には、香り入りのガムをプレゼントいたします。
    こちらは薔薇の香りがいたします。」

降りた。たった10分だったが
ひどく…緊張して…疲れた。


  

見た聞いた!

同じタクシーに 偶然!

     タクシー あれこれ(1)

タクシーに乗ると、運転手さんから
いろいろな話を聞くことがある
おもわぬ 出逢いもある。

1000円前後の短い距離だから
そんなにアレコレ 話す訳ではないが、
それだけに、人生の断片を切り取った
不思議な 出来事も垣間みる。


  「お客さん、前にのったことあるでしょ?」
と言われて
  「この前のった時は ○○にの話をしたよね。
   いやー、同じ人を乗せることって
   滅多に無いんだよね。
   めずらしいねえ。」


話をしてるうちに だんだん思い出してきた。
ひとしきり その話題で すっかり盛り上がった。


降りる時に ひとこと。

  「また、偶然、俺のに乗ることあるかな?
   あるといいねえ。」


今も  あの人は,
東京のどこかを走っているんだろうか。


プロフィール

はんがん

Author:はんがん
河崎早春(かわさき さはる)
俳優、朗読家。NPO日本朗読文化協会講師。

舞台の案内、これまでの舞台、仕事歴は
公式HP 「ことばの国」

朗読、語りの様子はYouTube
「ちりぢごく」「瘤取り」ほか


プライベートな 趣味の世界は Facebook

なお、武者小路実篤記念館のHPで
詩の朗読の映像も見られます。
→ 「詩の世界」

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